掲示板の言葉
2026年 春
法語
あたりまえが いつのまにやら おかげさま
作者
大在 紀 師『続 真宗オリジナル伝導句大辞典』より
あじわい
「おかげさまで」と丁寧に生きることはなかなか難しく、ともすれば「あたりまえ」とすら思いもせず漫然と過ごす日々。
「今日も元気に起きさせてもらいました」一日の始まりにこの言葉を耳にすると、「なんと尊いことか」とつくづく思うのです。「起きる」とは私の意志でする動作です。にもかかわらず「起きさせていただく」という言葉と出遇う時、根源的に私の命が支えられていることに思いが至り、さらにその大いなるはたらきによって「おかげさまで、ここにこうして尊いいのちを賜っている」と「いつのまにやら」気付かせて頂くのです。
南無阿弥陀佛
今日も有ることが難しい尊い一日をいただくことができました。